「意外性」を出すことで、いくらでも利益を向上することが出来る
心理学辞典
心理学の全領域および関連する隣接諸科学の用語・人名を解説した、心理学辞典。
事項4021項目、人名347項目を五十音順に配列。
各項目における引用・参照文献と主著を著者のアルファベット順に配列した文献リスト、索引(和文事項、欧文事項、和文人名、欧文人名)がある。
現状を打破する。
意外性のあるアイデアを出す。
それが成功の鍵である。
この論法はビジネス世界の常識である。
市場が飽和してくると、販売額は安定してくるが、それ以上の利益は見込めないということが起こる。
こうした場合に必要なのは、「意外性」である。
つまり、どれだけ自由な発想で伝統を打ち破ることができるかが問題なのである。
ほぼ100%の女性が化粧をするようになったので、これ以上の利益は望めないのではないかと、かつて化粧品業界でささやかれた時期があった。
しかし、資生堂では、「女性といってもすべての女性が化粧しているわけではない。二十代以上の女性が化粧するのなら、十代の女性にも化粧させてやれ」という発想から、ティーンズ向け化粧品をつくって大成功をおさめたのだ。
さらに、ティーンズ化粧品で成功すると、「一日に一回でなく、何度も化粧させよう」といって、美容化粧品による意外な発想で成功、さらに「男性にも化粧させてやれ」ということで、男性化粧品も成功したのである。
つまり、意外性のある発想さえあれば、いくらでも利益向上は望めるわけだ。
古典的経済学の理論と矛盾するようであるが、意外性さえあれば、市場は飽和しないのである。
では、意外性あるアイデアの発現を妨げる要因は何なのだろう。
心理学では、意外性を妨げる要因を、「ヒューリスティック」と呼ぶ。
ヒューリスティックとは、面倒くさがる人間が、単純なルールによって思考を働かせてしまう原理を指している。
つまり、人間は自分の頭の中に「決まりきった」思考をするようなプログラムを作り上げてしまっているのである。
ヒューリスティックが起こることは、簡単な実験でも調べられる。
トヴエルスキーとカーネマンという心理学者は、次のような質問でヒューリスティックを調べた。
彼らが実験参加者たちにした質問はこうである。
「さて、皆さん。
英語では、一番目にkが使われている単語(例‥king)と、三番目にkが使われている単語(例‥awkward)では、どちらが多いと思いますか?」
この質問には、ほとんどの人が最初に「k」を使う単語だと答えたのである。
ところが実際には、英語においては三番目に「k」を使う単語の方が三倍も多いのである。
どうして、誰もが間違えるのだろうか。
その答えはこうである。
質問がなされた時、人々の頭の中では、1番目に「k」のつく単語がいくつも思い出される。
king、kitchen、kick、know……など、最初の単語ほど思い出すのが簡単なのだ。
しかし、三番目に「k」のつく単語はなかなか思いつかない。
そのため、一番目の方が多いと勘違いし、間違えるのである。
これが、ヒューリスティックである。
人間はある一定の思考の流れに縛られていることが多く、そのために意外性のあるアイデアを出すのが難しい
これが心理学の原則である。
「化粧」と聞くと、ほとんどの人は「女性のもの」と答える。
だが、こうしたヒューリスティックに縛られている限り、「男性化粧品」という未知の分野への発想は出てこない。
また、「食事」=「家もしくはレストランで食べるもの」というヒューリスティックに縛られていたら、コンビニ弁当は成功しなかったであろう。
まだ得心がいかない人に、次の実験例を出す。
これは、スロビックという心理学者が行った質問だが、まず自分なりに答えを推測してもらいたい。
問1:アメリカでは年間自殺者数と、年間他殺者数のどちらが多いと思いますか?
問2:年間で見た場合、アメリカでは火事で死ぬ人と川や池で溺死する人はどちらが多いと思いますか?
さて、間1に関して。
あなたが「アメリカは暴力社会だから他殺者のほうが多いに決まっている」と考えたなら、ごく一般的な解答をしたことになる。
ただし、それは事実ではない。
実際には、どの時点で統計をとっても、自殺者のほうが必ず六千人ほど多いからである。
次に、間2について。
あなたが「火事で死ぬ人が正解かな」と考えたなら、やはり一般的な推論をしたことになるが、事実は異なる。
実際の統計を見ると、焼死者と溺死者の数は同じくらいなのだ。
では、どうして人間はこう答えてしまうのか?
スロビックによると、それはマスコミ報道によるという。
マスコミは、自殺よりも他殺のほうを率先して報道する。
溺死する人よりも火事の報道を多くやる。
そしてニュースを見ている人々は、「他殺が身近である」「火事は多い」と知らぬ間に思い込まされてゆく。
そして一定の思考の流れをするようにヒューリスティックができあがる。
結果、ほとんどの人が同じような発想をするようになるのだ。
人間は誰もがヒューリスティックから逃れることはできない。
思考は自分の知らない深いところで機能しており、自分が知ることができるのは、ほんのうわずみだけなのだから。
では、どうすればヒューリスティックの魔の手から防衛できるのか?
それはできるだけ、伝統的、一般的、普遍的、常識的、な意見を捨てることである。
常識を捨てれば捨てるほど、別の何かを得ることができるのだ。
人は、因習や慣習にしがみつき、知らぬ間に常識の餌食となる。
それを捨てられるかどうかは、自分の努力しだいなのである。
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